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佐渡空港 [├空港]

      2003年8月訪問 2024/5更新  


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撮影年月日1963/07/27(MCB635X C5 4)  
出典:国土地理院ウェブサイト(地理院データを加工して作成) 開港から5年目の飛行場
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SkyVector.com

グーグルマップの2,000m滑走路は、「佐渡新航空路開設促進協議会」サイト内(下記リンク参照)

の鳥観図から作図しました。

「大体こんな感じ」ということでご了承くださいませ。

■「続市誌余話」243pに「佐渡空港の生いたち」という項目がありました。

以下引用させて頂きます。

 昭和三十三年四月の急施臨時市議会で、氏田市長は「佐渡にも飛行場を設置したい」と提案した。その理由は、八丈島と大島が離島振興法の補助で空港を設置したが、此度は駐留軍から新潟空港が返還される。そこで、予定する東京-新潟間の空路を佐渡まで延長できないかを伊藤議長と各関係機関に陳情した結果、翌年昭和三十四年度は種子島と五島、それに佐渡を加えて三者で競合することになった。これを実現させるには少なくとも今年度中に飛行機を飛ばす必要がある。そこで先ず、島内の市町村で「空港一部事務組合」を結成して、場外飛行場を設置する。更に、これを県に移管して第三種空港に格上げしてもらう。空港の位置は市内の「樹崎」付近の未墾地三町一反歩を国から借り受け、これに地元の個人所有地を買収して用地とするのが島内で最も可能性が強いと考えられる。

 工事は陸上自衛隊工作部の協力を得て実施したい。防衛庁も佐渡の事情をよく理解され、陸上自衛隊工作部の白井陸佐に現地を視察させた。視察の結果、工作隊は訓練で工事を行うので経費は一切不要と思うが、ただ、人員や機械の海上輸送費と工事期間中の燃料費だけは地元で負担願うことになろう。工期は二ヶ月程度と思われる、との話だった。このことは金井村を除く他の八ヶ町村の同意を得て組合を設置することに決め、金井村が参加するまでの暫定期間両津市が組合の事務を代行することになった。なお、この組合の経費の分担比率は市が七〇パーセント、九ヶ町村で三〇パーセント、また、組合会議員の数は市が三名、九ヶ町村は各一名とされた。

 空港建設工事に派遣された建設隊は愛知県豊川市にある陸上自衛隊第一〇三建設大隊の第二中隊で、隊長藤本顕一郎一尉以下八〇名、工事に使用された車両は大型ブルドーザー十二両、スクレーパー七両、四屯ダンプ六両、人員輸送トラック、ジープ等驚く程の装備であった。いよいよ作業開始の体制が整い作業が始まった。山林の立木は地元の伐木夫によって伐採されて現れた用地は実に山あり、谷あり、水田ありの激しい凸凹地でこれが空港になるのだろうか、といぶかられるほどであった。

 工期は七月から十一月上旬とし、滑走路は一〇〇〇米、着陸帯(幅)は六〇米の作業である。隊員は毎朝五時三十分から隊長の指示で作業を始める。作業班はブルで凸部を削り、抜根しながら近くの凹地から埋めて進む。距離が遠くなるとスクレーパー(積載量十五屯)で填圧しながら運搬をくりかえす。測量班はその日の出来型を調べて翌日の作業に備え、整備班は慎重に車両の調子に気を配り、故障の防止に努める。午後五時、作業を終え、隊員は整然と宿舎(旧水産講習所、現湊の新潟交通車両駐車場)に帰るのである。隊員の豪快な作業ぶりが遠近の住民の評判になり、好天の日など弁当持ちの見物人が多かった。隊員は近年にない降雨続きの中を、泥と油にまみれて排水作業や機械整備に追われ、予期しない難工事であった。この一部始終をカメラで記録するよう伊藤議長から指示を受け、議会事務局長は議長のアメリカ製映写機でこれを全五巻に納めた。待望の日、昭和三十三年十一月八日、快適なエンジンの音を響かせながら、陸上自衛隊二機が喜びであふれる「佐渡空港」へ初乗り入れをしたのである。

新潟から佐渡に向かうジェットフォイル。ボーイングが作っていると知ってびっくり

佐渡空港正面

ヒグラシが鳴くエプロン前。のどかだ。 

BN‐2B‐20がやって来た

荷物はスタッフの方が直接手で運んでいた。給油作業もせずに15分ほどでまた新潟へと飛んでいった。

最終便が飛び去った後,早々にシャッターを閉じた。空港内には展示資料などが結構あった。

興味のある方にとっては一見の価値あり。


        新潟県・佐渡空港          

    ビュー:☆☆☆★★  
展望デッキはないが、建物の裏に回ると、フェンス越しにエプロンがよく見える。
エプロンは滑走路の端に位置していて、木々が視界を遮るため、飛行機はエプロンを離れてしまうとすぐに見えなくなる。
定期便は新潟と佐渡を結ぶ1日4往復のみ。

    施設:☆☆★★★  
「待合所」という雰囲気のこぢんまりとした建物。
空港前が無料駐車場になっている。

    マニア度:☆☆☆☆★  
建物内の手作り感溢れる展示資料。この規模の空港でこれだけのものを展示するのは、よほどの情熱がないとできないと思う。作り手に頭が下がる。

    総合:☆☆☆★★  
佐渡空港は、市街地を離れ、田畑を抜けた先にポツンとあった。
周囲は木々に囲まれ、ヒグラシが鳴くのんびりした場所だった。

佐渡空港データ
設置管理者:新潟県
3レター:SDS
4レター:RJSD
空港種別:地方管理空港
運用時間:8:45~17:15
所在地:新潟県佐渡市秋津地内
標 点:N38°03′29″E138°25′02″
標 高:22.9m
面 積:15ha
滑走路:890m×25m
磁方位:10/28
航空管制周波数
・飛行場アドバイザリー 
 佐渡リモート 118.00 118.15

沿革
1958年04月 市長、飛行場設置を提案
     07月 着工
     11月 場外飛行場発足(滑走路940mX30m)。8日初乗り入れ
1959年03月 新潟県に移管
     08月 富士航空株式会社、新潟便開設。1962年~1963年は羽田便就航
1962年03月 滑走路延長(1,100mX30m)
1963年    富士航空株式会社、運航停止
1964年    日本国内航空株式会社が運航
1965年    日本国内航空株式会社、運航停止
1968年    横浜航空株式会社が運航。1974年まで
1971年06月 障害物件除去が難航し、滑走路を890mX25mとして使用
1974年    横浜航空株式会社、運航停止。日本近距離航空株式会社運航開始
1977年    佐渡汽船、ジェットフォイル導入
1980年    日本近距離航空株式会社運航停止。新中央航空株式会社運航開始
1994年    新中央航空株式会社運航停止
1996年    旭伸航空株式会社、運航開始
2008年09月 旭伸航空 新潟路線廃止
2009年02月 新潟 - 佐渡間参入を表明していたエアードルフィンが親会社の破綻により参入撤回
2011年07月 29日 新日本航空により新潟 - 佐渡航路再開
2014年03月 31日 新日本航空の新潟 - 佐渡航路無期限運休
2022年09月 23日 3年ぶり空の日イベントに700人超。トキエア、ATR初出展
2023年04月 トキエアの佐渡空港発新潟/東京線の使用機材2024年5月納入予定。就航は24年夏以降
     10月 5日 トキエア就航に向け改修工事開始。機体の大型化に合わせ、誘導路嵩上げ、拡幅、カーブ緩く
     12月 佐渡市長、トキエア佐渡線「何とか(次の)冬前に飛ばしてほしい」と2024年内の早期就航要望
2024年04月 増築したターミナルを報道陣に公開 

関連サイト:
新潟県/佐渡空港   
国土交通省東京航空局/佐渡空港    
佐渡新航空路開設促進協議会  
ブログ内関連記事   

この記事の資料:
「続市誌余話」


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コメント 4

chi-hiro

アスランマリオさんとこから見に来ましたっ!(笑)
プロペラ機には乗った事あるけど、これっ揺っれるよね?
さっ!足跡残したから、あっちへ行ってコメしますね。バイバイ!
by chi-hiro (2006-08-19 08:41) 

とり

ちひろさん
わざわざお越し頂き、ありがとうございました。^^)/
ん~、確かに揺れますね。ジェット機と比べて生々しい感じですね。
コメントありがとうございました。
by とり (2006-08-19 10:58) 

konatu

初めまして。
つい先日、新潟から飛行機で佐渡まで行ったんですが、佐渡空港は思っていたより利用者が居てびっくりしましたよ。
あの路線の見所は、佐渡行きのジェットフォイルを追い越すところですかね。
by konatu (2006-10-01 19:25) 

とり

konatuさん いらっしゃいませ~ヽ(*´ヮ`)ノ
佐渡路線は一度廃止になって、今の会社が再開させた経緯がありますよね。利用者多かったというのは良かったです。
>ジェットフォイルを追い越すところ
見所はきっとそれですね。オイラも是非一度見てみたいです。
コメント&nice! ありがとうございました。
by とり (2006-10-02 05:50) 

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